孤思庵の仏像ブログ

少し深くの 仏像愛好のブログ続けてます、オフ会に集ってます、貴方も如何?

「集」の募集の追記と&「仏教美術逍遥」鑑賞会 報告

私達は仏像趣味人の集でして、毎月第一土曜日を原則に、都度10名程が参集しています。仏像に関心の方は、どなた様もお気軽に参集ください!(途中参加、早退自由です)

「仏像愛好の集in東博」10月は定例の毎月第一土曜4日に開催します 。

★勉強会ではMさんが、

①快慶・行快の作品について―追加説明と議論
旧玉桂寺、興善寺、知恩寺の3体の阿弥陀如来立像について、基準作と比較しながら作者推定などを議論したいと思います。今までの快慶・行快のまとめです。(30分)

②運慶作品の銘文について(1)
時間がかかりそうなので、3回の連続とします。1回目は円成寺大日と興福寺木造仏頭(銘文はありませんが、類聚世要抄の読み方についての話をします)(30分)

をされるとの事連絡が入ってます。ご期待ください!

皆さんも観仏像記等を発表してください。





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9月27日の金沢文庫企画展「仏教美術逍遥」は3人の参集でした。

その題名の「逍遥」から想像した通りの 展示品にピカイチの目玉は無いものの 幅広い展示内容でした。

その様なので会場は空いていて、一般的な幅広い展示内容で、仏像初級の同胞の基礎学習にはうってつけの展示でした。

残念ながら、期待した方々の参集なしで、解説内容は基礎勉強から離れ、土日の定例のボランティアガイドさんによる 展示解説に帯同意しての鑑賞をしました。
ここのボランティアガイド解説は何時も乍らのなかなかのものでして、今日もそうでした。ただ気に成りました誤謬は、大壇を「おおだん」懺悔を「ざんげ」と発音された事でした。
 
 http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/003/880/67/N000/000/006/141087374369231537228.jpg  クリックすると新しいウィンドウで開きます 
まず展示で目を引いたは、海岸尼寺の旧本尊でした.重要文化財 十一面観音菩薩立像一軀木造鎌倉時代称名寺。右手の掌の釘跡や、中世の記録から、錫杖を持つ長谷寺式十一面観音像です。ガイドさんは博識で長谷寺式十一面観音像の奈良と鎌倉の現存像の違いを教えてくれました。水瓶の握り方だそうです。
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奈良長谷像は全指で握るも鎌倉長谷像は二指を立てて水瓶を持ち、錫杖の手は共にそれを握らずに押す形です。 その経緯は知りませんが錫杖を押す手は地蔵への応援(後押し)の意味の為と西大寺長谷寺式十一面の解説でで聞きました。

それでこの長谷寺式十一面観音像は水瓶の握り方から奈良長谷寺像に似ています。

まだ調べてないのですが長谷寺式十一面観音像の手にする錫杖は、後から添えた感じがしてならないのです。元は与願印だったものに 錫杖を添えたという感じがしてなりません。 

皆様のご意見承りたいです。

それはさておいてこの像のお顔をガイド氏は 仏像の顔と云うより 若い女性の顔に見えると感想を述べられました。

私も同様に感じました。そう感じる人は多いと思います。 しかし多くは、そこ迄で終ってしまうのが残念です。 私は何故そう感じるのかを考えてみました。 まずは眉尻の短さです。 ついで眉と眼の間隔距離です、この像は狭いです。 ついで鼻柱です。 仏像の高貴さはその鼻筋の通るところに多いかと思います。この像の鼻柱は細く通おらずに幾分と丸いのです。それが人間ぽく感じさせるのだと思いました。

昨今お仲間に仏像彫刻されます方が居られまして、刺激を受け自分も仏像彫刻実践に興味でして、その準備に自分の好きな仏像の顔を書き始める実験と云うか、前段の考察をし始めてまして、そんな事でして、何故そう見えるかに興味のこの頃なのです。

諸尊図像一巻紺紙金泥鎌倉時代個人にガイド氏いわく この絵の上部が取られているとの学芸員の意見が在るそうで、付け加えてその理由を上部の色が濃い事とされてましたが、それは納得がゆきませんでした、自分も上部が欠失と感じます、それは何故と考えました、この絵の下には香華の設えが書かれているのに気付きました。 そこまで描くのであば上部には天蓋があったとはずと気付きました。推論是非は如何なものでしょうか?

聖観音菩薩立像一軀木造平安時代龍華寺は美しかったです。過去の(藝大美術館)『観音の里の祈りとくらし展 -びわ湖・長浜のホトケ たち-』で覚えた 「未敷蓮華にかざすもう一方の手、それは未敷蓮華を開かそうとする手」との説明に感動したのでしたが、ここで再会と喜びましたが、しばらくして、この手は後補ではと思い始めました。 これを例に、後輩に後補の手の見極めを教えたかったです。
藤原仏の典型的な優美な像ですのに無指定、おそらく後補が多いのが理由ではないでしょうか? 残念です。

その他 三千仏名経を読誦する仏名会の本尊の三千仏図二幅絹本著色鎌倉時代称名寺や初めてみた千体観音図の阿弥陀千体観音図一幅絹本著色鎌倉〜南北朝時代に 数の信仰を感じ、観音千仏の中心に位置する 阿弥陀の脇侍に 不動と毘沙門がありまして、ガイド氏も「最近にやっと不動と毘沙門が天台の三尊形式に在ると知った」との言、少し前の自分もそれを知った時に重なりました。

しかも不動明王毘沙門天を脇侍とする三尊形式は、(天台系の構成であるのは分かるも)その意味がまだまだ不明ですし、横川の不動と毘沙門の発端では中尊は 観音ですが、ここでは本尊観音が阿弥陀と切り替わった派生の天台系三尊形式・・・等々まだ詳しく解ってません どなたかご存じありませんか?

本日のガイド氏、平安と鎌倉の四天王の違い等は見事な説明で、なかなかの勉強家でした。ただ残念なのは 解説の中で、大壇を「おおだん」、懺悔を「ざんげ」と発音されてました。 この辺は読書勉強では難しい点と痛感してます。 グループ学習ではこの辺が顕れますので有効と思います。

参加メンバーの都合で、予定してました展示物をもっての仏像基礎勉強は今回中止としました。そのうっぷん晴らしに 近くで見ていた方に、仏像は何故に金色か? なぜ頭のてっぺんに盛り上がりが在るか? 耳が大きいわけ などを5分ほど質問し、説明をしまして、喜んでもらいました。教えたがり屋はしょうがないものです。
自分は仏像のメッセンジャーやスポークスマンの役が大好きで、どうしても我慢できずで仏像宣伝をしてゆきます。お許しください! 
 
 
仏教美術逍遙」の展示目録

番号指定名称員数品質形状時代所蔵 ◎:国指定重要文化財 □:神奈川県指定文化財 ◇市指定文化財

1  聖観音菩薩立像一軀木造平安時代龍華寺
2 ◇ 阿弥陀如来坐像一軀木造平安時代龍華寺
3  阿弥陀三尊立像(善光寺式) 三軀銅造鎌倉時代龍華寺
4 厨子入�薬師三尊及十二神将・四天王像一基木造鎌倉時代寶生寺
5  ◎ 十一面観音菩薩立像一軀木造鎌倉時代称名寺
6 騎獅文殊菩薩像一軀木造室町時代龍華寺
7 天王立像一軀木造平安時代個人
8 ◇ 天王立像一軀木造鎌倉時代大善寺
9 聖徳太子立像一軀木造鎌倉時代称名寺
10 仏涅槃図一幅絹本著色南北朝室町時代龍華寺
11 釈迦十八天像一幅絹本著色鎌倉時代龍華寺
12 ◇ 両界種子曼荼羅二幅絹本著色鎌倉時代薬王寺
13 □ 三千仏図二幅絹本著色鎌倉時代称名寺
14 阿弥陀千体観音図一幅絹本著色鎌倉〜南北朝時代個人
15 ◇ 刺繍諸尊集会像一幅絹本刺繍鎌倉時代龍華寺
16 阿弥陀三尊来迎図一幅絹本著色鎌倉〜南北朝時代個人
17 阿弥陀二十五菩薩来迎図一幅絹本著色室町時代個人
18 騎獅文殊菩薩像一幅絹本著色鎌倉時代個人
19 不動明王童子像一幅絹本著色鎌倉時代龍華寺
20 大黒天像一幅絹本著色南北朝時代個人
21 図像鈔十冊のうち紙本墨画著色室町時代龍華寺
22 三国祖師影一巻紙本墨画著色鎌倉時代龍華寺
23 □ 細字法華経一巻紙本墨書鎌倉時代宝樹院
24 □ 般若理趣経一帖版本鎌倉時代宝樹院
25 □ 如来印仏一紙紙本版画著色鎌倉時代宝樹院
26 ◎ 阿弥陀如来印仏八十一紙のうち紙本版画平安~鎌倉時代大通寺
27 阿弥陀如来印仏二紙紙本版画鎌倉時代個人
28 諸尊図像一巻紺紙金泥鎌倉時代個人
29 ◎ 諸尊図像(九重守) 一巻紙本版画鎌倉時代称名寺
30 ◎ 金銅装宝篋印塔一基木造金銅装永仁五年((11229977) 称名寺
31 ◎ 玉華鬘三面のうち水晶、銅製鎌倉時代称名寺
32 金銅華鬘二面のうち銅製鎌倉時代称名寺
33 蓮華形柄香炉一口銅造鎌倉時代個人
34 蓮華形磬� 一面銅造鎌倉時代個人
35 蓮華形磬� 一面銅造鎌倉時代個人
36 幡頭二口木造鎌倉時代龍華寺
37 幡頭二口木造鎌倉時代称名寺
38 古幡残欠四片絹製鎌倉時代、元時代称名寺
39 黒釉壺一口陶製元時代称名寺
40 灰釉四耳壺一口陶製鎌倉時代称名寺

仏教美術逍遥」の名の通りで、パンチは無かったですが,多くの仏像を観られ、その出来の良し悪しを感じた鑑賞を致し、4時間強もの鑑賞に成ってしまいました。
帯同のメンバーの方には お疲れ様でした m(_ _ )m。(^_^;



▲尚、  金沢文庫では、10月3日から開催を予定してました特別展「日向薬師」は延期し、(保存古文書にカビが発生事故に対応の)環境整備のため、しばらく休館するこで、現時点では同展覧会の開催時期がまだ定まっていません。