孤思庵の仏像ブログ

少し深くの 仏像愛好のブログ続けてます、オフ会に集ってます、貴方も如何?

薬師如来考

★有意義なご批判のコメントを頂きました、答弁も致しました。そちらもご覧ください。

「みちのくの仏像展」の看板は東北の」三大薬師と呼ばれる、黒石寺・勝常寺・双林寺の薬師如来坐像が揃ってきていることでしょう!これらは天台系薬師と呼ばれる独特の形式を持っていてましてます。特徴は、額が狭い、地髪部と肉髻の境がはっきりしない、腹部の括り線が2段と成る。 

そこで 薬師如来の復習的をしてみます。


薬師如来の種子 は下段のそれです。 bhai(バイ)と読みます。



梵名(サンスクリット名)は bhaisajya guru (バイサジャ グル)


バイサジャ bhaisajya  は 薬


グル guru  は  師匠


bhaisajya guru (バイサジャ グル)の文字の成り立ちは
bhavaは有 aisvaryaは自在で、此処のウエブの解釈では

三有(さんう)、有はここでは執着の意と取ってましたが、有は存在(そこに生きる)だと思います。「欲界・色界・無色界の三界の存在から出て自由自在であるという意味」に取りたいと思います。


真言】 

薬師如来真言には、本願経等に説く大呪と、陀羅尼集経二等に説く小呪があり、下に示された真言は小呪の方であります。


Om huru huru candali matangi svaha.
オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ


【現代訳】

「オ-ン(帰命す。) コロコロ(除き給え 除き給え、) センダリ(チャンダリーよ、) マトウギ(マータンギーよ、) ソワカ(祥福あれ)」

このチャンダリー(センダリ)は奴隷の子の意味で、狩猟・漁業・屠殺・獄卒をする下層種族の女性名(差別用語

マータンギー(マトウギ)も狩猟種族のことで薬草を扱ったという、そのことでか、その差別的扱いを受けた種族蔑称の女性の名称が、いつの間にか、未開民族の間で、(無痛分娩や疫病除けの効力のある)病気を取り去る女神、また農業豊穣の女神の名称になった。

以上ウェブ itsumotaiyou.blogspot.com/2010/03/blog-post_06.html を参考にしました。


上の事を受けて、コロコロ(除き給え 除き給え、)の意味は、疫病を取り除くことと分かります。

以上でだいたい理解できましたが、Weblio英語例文検索でチャンダーリーやマータンギーを引きましたら、

チャンダーリーやマータンギーは、屠殺を生業とする一族の女性名だが、本来は彼らインドの下層民族の崇めた女神の名でもある。

チャンダーリーやマータンギーは、汚穢の民の崇める女神として、上層階級からは蔑視あるいは危険視されていた。

と在りました。

「センダリ」と「マトウギ」は、もと下層民族がとして信仰していた女神の名だったのでした。


また最初のオン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ真言
「ノーマクサンマンダー ボダナン」(諸尊に帰依し奉る)の略語とも言われているそうです。

別のウエブ home.e-catv.ne.jp/ja5dlg/isite/onkorokoro.htmでは、屠殺などを生業とすれば、さまざまな感染病にかかりやすい。 だからこそ、屠殺業者は、病を克服する手段を持つ必要性があり、そこで、チャンダーリーやマータンギーと言う女性達は、病を克服するための呪術的なものをマスターしていたのではないか?
ともかく、「チャンダーリー」「マータンギー」とは、病気を取り除いてくれる女神の名称となり、「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」と言う真言が生まれた。

意訳するならば、「チャンダーリー女神よ、マータンギー女神よ、厄病を取り払え」「成就」となる。

おそらく、この真言薬師如来は、もともと別であるが、薬師如来に祈るための真言として、この真言を仮に用いたのが定着したのだろう。

密教の世界では、真言とは意味を考えて唱えてはならないと言う。

これは、意味を考えると、このようにワケがわからなり、信仰を失いかねないからだ。

細かな意味などわからなくても良いので、真言とはとにかく、仏菩薩を呼び寄せる言葉だと思い、

純真に唱えることが、一番、大切である。

と在りまして、然りです。名解釈と思います。


ところで薬師の大願は12あります。それが12神将の数と一致です。十二方位とも十二の時刻とも解釈されます。

別名十二夜叉大将とも言われます。 夜叉に先述の真言中のチャンダリー(センダリ)マータンギー(マトウギ)が思い出されます。

脇侍は日光月光両菩薩  月と太陽です。

代表なる請願は、病気平癒 で、これらは正に、現世の為の仏様です。

ですので、薬師は悔過行法の本尊にされるのではないでしょうか?

もう一つ 昔は病気は、細菌やウィールスの勢でなしに、悪霊や祟り、怨念によるものと考えられてました。

その様に考えますと、神護寺の薬師立像などの平安前期の厳しさは納得がゆきますね!