孤思庵の仏像ブログ

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特別展「みちのくの仏像」を鑑賞

★★毎月の第一土曜日に鑑賞&勉強会『仏像愛好の集in東博』をしています。どちら様もお気軽にご参集ください!★★



1月24日(土)に特別展「みちのくの仏像」をグループ鑑賞会 を行いました。

参加は女性4名男性5名(途中から1名追加)の9名の参集でした。「みちのく展」は開会してまだ間が無いので、さほどの混雑は無く良く観れた方と思います。

東日本大震災から4年、この特別展は東北の紹介で、震災からの復興支援の一助の意味もあるらしく、東博本館前には、其の大津波で流され、アメリカの西海岸に漂着した 岩手県立高田高校の実習船「かもめ」が展示されて居ました。

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震災から暫く、東博にも支援募金箱が設置されて居ましたが・・・今回はそれが目立つことなく、支援募金の時期は終わったのでしょうか?

さて本展の展示はテーマで東北の仏像なのですが、その何れもが木彫で、なおかつ平安時代以降。多くがカヤ材以外の一木造り、この事で、東北の仏像の形態の主要は物語れるようです。

今更、挙げた個々特質の件は紙面の関係で述べませんが、代わりに印象を述べましょう。

当たり前の様ですが、東北の仏像を一言で言えば、地方色のそれで、洗練されて居ません、そしてそれは普段気付いていない事を思い起こさせます。

普段見る中央の秀作仏像は時代の為政者階級の特権文化で、庶民とはほとんど関係の無いものです。 それを現代は庶民の私達が鑑賞出来ているのです。意外とそれは忘れがちではないでしょうか?

東北の仏像は、中央のそれとは、相違のテーストなのです。正しいか少し疑問ですが一言で言えば洗練されてなく、不完全な写しなのです。

そこに漂うのは。会場後半に展示されています円空仏(この地の円空仏は初期に当たり、円空仏としては丁寧に彫られている)に似たものなのではないでしょうか?そうです、宗教である高尚な仏教では無く、信心の其れなのだと思います。 信心・信仰 それは山岳信仰 山の神・自然への畏怖を伴う信仰心ではないでしょうか?


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秋田・小沼神社の聖観音立像 顔立ちもですが、其の耳を覆う髪形は仏像のそれではありません、また頂上には可愛らしい女神を思わせる髪形の顔が付いていて、その頭頂には 折れた跡が在り、おそらく 尖がりの角的が付いていたのでしょう。

 

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そうです以前にも日記のテーマにしました、神奈川・弘明寺の鉈彫り十一面観音の特異の頂上面に似たものと思います。両像共に神仏混淆的で神の依代的なものなのでしょう。

山岳信仰の仏像は正に信仰の対象なのでしょう。鉈彫り仏像と共に、中央の為政階級分化の仏教の像とは相違にて、そこには信仰を感じます。

それにしてもです、地方でも寺院を造り仏像造像の要人は、中央との繋がりを想像しますが、有力高級国司は 任地にそれにしてもです、地方でも寺院を造り仏像造像の要人は、中央との繋がりを想像しますが、有力高級国司は 任地に赴く事が無かったとも聞きます。 さすれば地方現地の文化はそうした程度かとも想像が付き、岩手・成島毘沙門堂の伝吉祥天立像の頭上の象のごときに、他に例を見ない像や、仏菩薩でも耳朶環(耳たぶの孔)の無いものが見られます。また耳にY字型の対輪脚の意識も無いようです。目鼻立ちと相異で耳には意識が薄いようです。
 
 仏像彫刻様式の伝播の様子が覗われました。
 
 
 
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そして、自分の仏像の好みは、中央秀作的を好むもので、地方仏、円空仏の素朴の方向性では無い事が この展覧会を見て自覚しました。 正直、黒石寺の薬師如来坐像の眼つき。顔立ちは好みではありません。


これは仏像ファンの大勢派と思いますが如何でしょうか?