孤思庵の仏像ブログ

少し深くの 仏像愛好のブログ続けてます、オフ会に集ってます、貴方も如何?

拙「日本の仏像」の日記に寄せられたコメント

「只今 編集編集作業中です、予告とスペース取りをします。」としてましたが 待望の寄稿が届きましたので 転載いたします。
 
 
暫く連続で (中公新書)『日本の仏像―飛鳥・白鳳・天平の祈りと美 』長岡龍作著を素晴らしいと感じ、何回か連続で日記を書かせてもらいました。
 
その日記に寄せられた素晴らしいコメントを 以下紹介させて頂きます。
 
 
ブログを読んで、私も同感です。そのコメントを少々長くに記します。
長岡龍作氏の「日本の仏像」は、仏像拝観を趣味にしている私にとっても、非常に面白ろく、又「目から鱗が落ちる」と言う表現が出来る程の仏像の見方を示唆してくれた本でもある。
しかし、著者は、私の日頃言っている、「仏像は信仰の対象であって、美術品では無い」の反論を躱す( かわ)為に書いた様にも読める。根拠は、まえがきの、「美術と信仰の対象という二つの見方は相反するものなのだろうか」からの前後の内容からである。
それでも、日本での仏像の種類、量の多さや、仏像を造る目的・意義・形等の発生の拠り所を知るに役立つ本であることは間違い無い。
特に一章の釈迦三尊像の光背の銘文を「大乗仏教の視点」で解釈し、釈迦と、その銘文の無形の意味を形あるものに、「代替と描写」をしたものと述べている。これは、美術そのものとも言っている。代替えと描写の定義は本文で知る他ありませんが。
しかし、文章は、裏腹に人々の信仰を主体にして、説明が加えられている点で、共感しています。二章の三十二相と生身の仏は、私が慶派を世に出したもう一つの( もと)と勝手に理解した要素で、目から鱗が落ちたと、大げさではあるが感じた内容です
六章の梵天帝釈天・四天王なども一章と同じです。
三~五章は、一般の人が読んで面白い本では無いですね。私も同様です。中国の歴史地理や思想を知らないと全くつまんない。
又、仏像を美術的、西洋的彫刻と見ている人たちにも同様では無いでしょうか。
この本の良いところは、大事な著者の主張や大事な古文は再々出て説明している点で、  結構理解し易い本ですが、あまり 初心者向けでは無いかと思います。
むしろ、博物館で美術的に見ている人が、寺に赴きたくなった時に学ぶ本かもしれません。
また、親しみ難い飛鳥・天平時代と言うこともあるかも知れません。
この時代が基本ではあるが、歴史的に線形でみている人は少ない様な気がします。