孤思庵の仏像ブログ

少し深くの 仏像愛好のブログ続けてます、オフ会に集ってます、貴方も如何?

【転載】① 「仏像愛好の集」メンバー 暗夜軒さんの投稿

毎月第一土曜日に「仏像愛好の集in東博」を開催して居まして、そのメンバーのハンドルネーム「暗夜軒」さんが、あるSNSに寄稿されました日記に感服いたしました。此処に勝手な参考画像を挟ませてもらい、ご紹介いたします。
 
 

『薄墨桜と両界山横蔵寺の旅 第1回 弘仁貞観仏はなぜ怖い顔をしているか』
 
4月13日、深夜にいつもの古美術商氏と岐阜県は根尾谷の薄墨桜を見たあと、谷汲山の華厳寺(十一面観音の霊場)と横蔵寺を見に行きましたが、華厳寺は古い仏像で拝観できるものはないので、横蔵寺の仏像を見て、寺の成立につき、多いに学ぶところがありました。
それは最近興味を持って調べていることで、東博で今月の仏像の会で話をした「弘仁貞観仏はなぜ怖い顔をしているのか」の内容に関する体験もしくは、この仏像の見方を実践編で示し、それまでの仏像の見方が学習後、どう変わるのかの分かりやすい実例になりました。
そのためには、まず「弘仁貞観仏はなぜ怖い顔をしているのか」から聞いてもらわねばなりませんので、今回手短にお話することにします。
弘仁貞観仏の怖い顔といっても弘仁貞観にはいろんなタイプの仏像がありますから、この場合は一木造りの仏像の事です。
平安初期の独特のくせのある表現がスタートし平安の一番最初を飾るのは、神護寺と新薬師寺薬師如来がよく引き合いに出されますが、この深厳な仏が成立するのは、怨霊に打ち勝つためのものものという説が有力です。
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御霊信仰」の発生で、8世紀後半から大規模な飢饉、流行病、水害や天皇の病気までが怨霊のしわざとされ、庶民から貴族までが恐れおののき、国をあげて恐怖のどん底にあった。
怨霊に打ち勝つことこそ仏教に求められたものであった。神護寺は、前は神願寺といい、和気氏の氏寺であった。和気氏道鏡の怨霊を鎮圧し、道鏡一派の呪詛を排除した。異様とも思える強大な力を表現した神護寺の仏像の背景はこのようなものでありました。
中野玄三氏(京大教授、藤原期専門)は七仏薬師(簡単に言えば、光背に付いている6体と本体を合わせて薬師が7体)の信仰で怨霊に打ち勝とうとしたことを言われています。薬師仏の数で、沢山の薬師佛を揃えて怨霊に打ち勝とうというわけです。
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「薬師仏は病気を治してくれる功徳があり、病気の原因は怨霊の祟りと信じられていた。この頃、中国から請来された義浄役の七仏薬師経は中国で盛んに信仰されていたこともあり、驚くべき勢いで日本全国に広まりました。七仏薬師の力で怨霊の祟りを鎮圧することを期待したからに他なりません。
全国の20か所の国分寺で本尊の釈迦像が薬師像に替えられていることがわかっており、国をあげて怨霊の脅威から逃れようとしていました。
また、神仏習合もこれに関わりがあります。宇佐八幡の八幡神が890年に薬師寺に勧請されました。東大寺薬師寺の僧、行信により手向山八幡が勧請されていんす。八幡神薬師如来も他の信仰を受け入れやすい神と仏と言われていますので、両者が結合したものでしょう。
多度神社も神の身心離脱で、神から脱して仏に仕える。これは神が根をあげたということです。初穂料が集まらず、経済的にもやっていけないと、神が仏に保護を求めたということです。気比神社もそうです。
神宮寺で造られた仏像は荒ぶる神に仕えるので、怖い顔をしているという説(水野けいぞう説)もあり、神の怒りを反映したものとの説です。
仏教がはじめて固有信仰と結合し、固有信仰に特有の怨霊いに対する祟りの防御から、死におびえる日本人の救済宗教として出現する過程を経ねば、仏教は日本の宗教として根つくことはできず、その後の発展もありえなかった。
これを前提にいよいよ次回は横蔵寺に入ります。

2014年04月16日 02時12分
 


コメント


1 「孤思庵」  2014年04月16日 09時03分

身が震えるほどの感動を持って拝読いたしました。これこそ私の仏像趣味の本道と歓喜しました。

かねがね、あまた在る悔過法のうちに、薬師悔過が取りざたされる理由を知りたいと思って居ました。

薬師悔過をネット検索してもほんの一行の「薬師如来に罪障を懺悔(さんげ)する修法。」の辞書的 解説しかヒットしません。

本日記に「薬師仏は病気を治してくれる功徳があり、病気の原因は怨霊の祟りと信じられていた。」は正に求めていた回答です。

神護寺 薬師勉強の折に和気氏、宇佐八幡 道鏡の怨霊を鎮圧は知りましたが、八幡神薬師如来も他の信仰を受け入れやすい神と仏と言われていますの帰結は納得させられます。

過日の勉強会以来 七仏薬師・七仏薬師法も調べてます。

密教で、七仏薬師を本尊として、延命・息災・安産などを祈る修法。七壇の修法。

七仏薬師=善名称吉祥王如来・宝月智厳光音自在王如来・金色宝光妙行成就王如来・無憂最勝吉祥王如来・法海雷音如来・法海勝慧遊戯神通如来・薬師琉璃光如来の順に東方に去る如来とその仏国土

薬師如来7体を並べて祈る方法を、七仏薬師法といいます。天台宗の良源という僧侶が、摂関家の安産祈願をしてから特に有名になりました。

薬師如来が,衆生(しゆじよう)を救うために姿を変えて現れるという七つの姿。

この程度がやっとでした。

七仏薬師の力で怨霊の祟りを鎮圧することを期待と解説される中野玄三氏(京大教授、藤原期専門)の論説に大変に興味です。また勉強会で解説お願いします。


また神仏混淆の「神身離脱」は多度神社話なのですね、此処で認識させて頂きました。

ここ日記の着目点、ならびに多くの事を簡潔に纏められる事に敬意です。

何回か連載されそうですね、期待しております。


前に、ご投稿を転載はご了解を頂いて居ると思いますので、「仏像愛好の集」の会のコミュニティ的に仮機能してます、孤思庵ブログに掲載させて頂きます。