孤思庵の仏像ブログ

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NHK100分de名著「般若心経」のテキストを読んで 【下】

【前回の日記の続きです】
 
「般若心経」が釈迦の考え・教えとは相違するものと知り驚きましたが、大乗仏教・と「般若心経」の考え方は勿論、同時に釈迦の考えも知る事が出来、其のどちらにも感服、良い勉強に成りました。私としましてはNHK100分de名著「般若心経」のテキストによい時期にめぐり合えて良かったと思いました。
 
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「般若心経」は「空」を説く経典と思います。
「空」は原始仏教の「スッタニパータ」1119でも出てきます。此処に自分というものがあるという想いを取り除き、この世のものは空であると見よ。」これが釈迦の説いた「空」です。一見、般若心経の「色即是空」とも良く似ています。そのため、心経が説く「空」は仏教の創始以来受け継がれて来た釈迦の思想だという方も在りますが、そうではなく、心経の「空」は大乗仏教の発明の「空」なのでして、途中までは同じですが、釈迦の時代の「空」は物体と存在するものを実際には存在する事がない、それが「空」と考え、また「無常」と考え、また「無常」とかの(諸法)は真理としてその存在を認めています。要素と要素を結んだ因果関係(五蘊・十二処・十八界のような法とか真理的な基礎要素は縁起の考えでとして存在を認めているのです。一方の大乗ではその法・真理までも「空」と主張し五蘊・十二処・十八界も存在しないとして、釈迦が説いたこの世の法則性までもすべてが架空のもと言うのです。

要するに釈迦が構築した世界観を「空」と言う概念を使う事で無化し、それを超える形で、更なる深遠な真理と新しい世界観を提示したのです。

こう教えられますと、釈迦の仏教の方が理論的で解り易く、大乗の方が宗教的深遠さを持っているように思えます。

もっと簡単に言えば原始仏教は修行により阿羅漢のを得る自力(出家仏教)、それには条件が必要で、弱い立場の人には不可能です。そんな時、他力と言うか仏サイドの慈悲により菩薩・如来になれる道(在家仏教)を開拓したのではと思います。


番組み放送はタイトル通にて25分×4回で100分 しかし其の時間はあまりにも少なく、少し無理があったようです。心経は短い故に、行間に意味を多く含んでいるようで、とても100分では無理でした。その分テキストにはわかりやすく懇切に書かれて居り勉強に成りました。釈迦の仏教と大乗の「空」の捉え方の相違を中心に、仏教の基本である四諦八正道・輪廻・五蘊・十二処・十八界を図解を含め知らなかった事、おぼろげだった事を復習いたしました。(ただ特に知りたかった十二支縁起は何故か詳細でなく残念)

ですので、此処に放送を御覧に成った方も、成らなかった方も、まだ書店に在ると思いますので、このテキストを購読される事をお奨めしたいです。

テキストは良く出来ているのですが、これまで仏教に疎遠の方には易しくないかも知れません。この講師 佐々木 閑氏は、1年前に同番組NHKEテレ「100分de名著」でブッダの『ダンマパダ(真理のことば』を担当されていました。言うまでもなく此方は初期仏教 釈迦の考え・教えでして、 此方の方が論理的で、整理されていて解り易く思います。(大乗の方のが深遠な宗教的要素があると思得ます。それで私には難しかったです。)『ダンマパダ(真理のことば』のテキストも注文すれば入るとの事、そちらから勉強した方が良いかもしれませんね。

最後に、前回の日記冒頭に聞きました、呪文的に唱える義母の「般若心経」の道と、その内容・意味を知りたがる小生についてですが、心経の後半に故知般若羅蜜多~真実不虚までの経文を訳せば「ゆえに以下の事を理解せよ。般若羅蜜多(智慧の完成』は大いなる真言マントラ)であり、大いなる知力を持つ真言であり、最上の真言であり、一切の苦しみを鎮める真言であり、ウソいつわりがないから、真実なのである。つまりこれさえ唱えればすべての苦しみは取り除かれる、何にでも効く、万能の呪文だと言っているのです。

これは演歌の曲紹介の名調子アナウンスのごときでして。呪文の紹介文章です。巻末の即説即説呪曰(それは以下の如し)に続く「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」(行ったものよ、行った者よ、彼岸に行った者よ、向かい岸へと完全に行った者よ、悟りよ、幸いあれ)これが呪文本体なのです。
悟りへの礼賛で、たいした意味はないようです、意味があろうがなかろうがこの文言を唱えたり書く事が大切としています。

さすれば、毎朝「般若心経」を読経する義母に軍配でしょうか? アビダルマから大乗に感心の興味に軍配は挙がらないでしょうか?それぞれが道でして・・・・どちらも良しなのでしょう、とにかくも言えるのは「般若心経」はいずれにしても、大変に素晴らしいと言うことです。

「仏像愛好の集いin東博」の談義でも、この様な仏教のコア的もディスカッションしたく思います。

仏像は仏教抜きに語れませんが、仏教ではけして中心的存在ではないようです。ですが、仏像より仏教に関心を持つことは不思議でなく、かえってアマチュアの私達にとっては入り易い入口ではないでしょうか?耽美的仏像鑑賞もですが、その根本の意味を知る事も大事なように思います。

また昨日見てまいりました円空仏円空の想いを垣間見る事が出来ました。円空仏もけして仏像の中心的位置に居ませんが、円空の想に、一番素直な仏像の価値・存在理由を見付けた様にも思いました。


大乗派は新興ですので初期仏教を超える事が必要でした。為に釈迦の説いた色(五蘊)を錯覚だ、実体のないものだと、主張したのです。

そして釈迦が世の本質を「諸行無常」と帰結したのですが、「五蘊皆空」として、それゆえ釈迦の言う「諸行無常」の原則さえも否定するのです。

此処で私の理解なのですが、五蘊までは判り、それは空(実体のないもの)までは何とか、それが「諸行無常」を否定してくる(釈迦の仏教が「ある」と言ったものを本当はすべて「ない」とまで言うは「否定の宿命」とする「般若心経」の特徴とNHK100分de名著「般若心経」の講師 佐々木閑 花園大学教授は言っています。

色:「物質要素」は「実体がないという状態」(空性)そこまでは何とか付いてゆくのですが、今度は「物質要素」は「実体がないという状態」と別ものではなく、而して「実体がないという状態」はイクオル「物質要素」なのであるとの逆説的三段論法には理解が及びません。

NHK100分de名著「般若心経」のテキストには十二処・十八界・空・十二縁起と続いています。これからの読書が楽しみでもありますが、理解が及ぶか心配でもあります。

テキストは良く出来ているのですが、これまで仏教に疎遠の方には優しくないかも知れません。この講師 佐々木 閑氏は、1年前に同番組NHKEテレ「100分de名著」でブッダの『ダンマパダ(真理のことば』を担当されていました。言うまでもなく此方は初期仏教 釈迦の考え・教えでして、 此方の方が論理的で、整理されていて解り易く思います。(大乗の方のが深遠な宗教的要素があると思いまして、私には難しかったです。)『ダンマパダ(真理のことば』のテキストも注文すれば入るとの事、そちらから勉強した方が良いかもしれませんね。

最後に、前の日記冒頭に聞きました、呪文的に唱える義母の「般若心経」の道と、その内容・意味を知りたがる小生についてですが、心経の後半に故知般若羅蜜多~真実不虚まで訳せば「ゆえに以下の事を理解せよ。般若羅蜜多(智慧の完成』は大いなる真言マントラ)であり、大いなる知力を持つ真言であり、最上の真言であり、一切の苦しみを鎮める真言であり、ウソいつわりがないから、真実なのである。つまりこれさえ唱えればすべての苦しみは取り除かれる、何にでも効く、万能の呪文だと言っているのです。

これは演歌の名調子曲紹介アナウンスのごとき。呪文の紹介文章で、巻末の即説即説呪曰(それは以下の如し)に続く「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」(言ったものよ、言った者よ、彼岸に行った者よ、向かい岸へと完全に行った者よ、悟りよ、幸いあれ)これが呪文本体です。
悟りの礼賛で、たいした意味はないようです、意味があろうがなかろうがこの文言を唱えたり書く事が大切としています。

さすれば、毎朝「般若心経」を読経する義母に軍配でしょうか? アビダルマから大乗に感心の興味に価値か?それぞれが道で・・・・どちらも良しで、とにかくも言えるのは「般若心経」はいずれにしても素晴らしいと言うことです。

「仏像愛好の集いin東博」の談義でも、この様な仏教のコア的もディスカッションしたく思います。

仏像は仏教抜きに語れませんが、仏教ではけして中心的存在ではないようです。ですが、仏像より仏教に関心を持つことは不思議でなく、かえってアマチュアの私達にとっては入り易い入口ではないでしょうか?耽美的仏像鑑賞もですが、その根本の意味を知る事も大事なように思います。

また昨日見てまいりました円空仏円空の想いを垣間見る事が出来ました。円空仏もけして仏像の中心的位置に居ませんが、円空の想に、一番素直な仏像の価値・存在理由を見付けた様にも思いました。

●そんな話しこんな話し、大いに想いを話し合いましょう。次回の「仏像愛好の集いin東博」は2月3日本館11号室前10時集合ですお気軽にご参集下さい。