孤思庵の仏像ブログ

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②「近江路の神と仏」展at三井記念美術館に三度目の鑑賞

三井記念美術館の「近江路の神と仏」名宝展に三度目の鑑賞に行って来ました。
鑑賞眼力が不足か、前に、良く観たつもりが行く度に発見が出てくる。
 
【前からの続き】
 
 
1-4 厨子入り 銀造 阿弥陀如来立像 像高7.6 鎌倉時代・13C 近江八幡市 浄土厳寺
銀仏は東大寺法華堂不空羂索観音の宝冠仏と興福寺残欠仏手を知るが、時代は下がるが今件がそれに次ぐ銀仏だ。
何故にこんなにも銀仏の遺作が少ないか不思議なとこだが、単に銀が高価と言っても金とは比較ならないし、堂宇や丈六仏を造る経費を考えると、合点が行かない。解説に依ると鋳造の際に鬆(す)がはいりやすいとの理由が書かれている。融点は銀も青銅も大差ないようだし、銀食器や銀貨があれだけ普及したのに、そうした鬆(す)の問題は耳にしない。不思議だ、また古くより銀装太刀などの例もあるのに?
くどいようだが、どういうわけか仏像造像には、貴金属の仏像、金はさておき銀製のももすく少ない。これを奇異に思うなだが・・・・。
 
この小品阿弥陀像を観るに安阿弥様の三尺阿弥陀にあるような着衣、衣皺であり、小像にも鎌倉仏の特徴をとどめている。但し髪は微細が無理なのか螺髪ではなしに渦巻状になっている。もう一つの見方に この鎌倉期に流行した清涼寺式釈迦の影響を考える方が妥当かもしれない。
 
時代は下るが室町の厨子におさまっている。丸厨子、春日厨子の言葉があるのを知るが、明確な規定の資料にはヒットできないで居る。仏像の納入仏には、宮殿(うでん)と厨子があり、これも明確な規定は無いらしいが、堂宇建築を模したものを宮殿形・宮殿(うでん)と言い、経巻などを納めた形式ものを古くは厨子としていたらしい、余談だがこの三井記念美術館のエントランスに堂館所蔵の美しい厨子入り装飾経巻が展示されているのを気付く人は少なそうです。
 
展示1-4の厨子に話を戻す。厨子の裾部に格狭間(こうざま)という装飾が十ほど付いているこの機会に認識しておきたい。曲線の集合による装飾だが、何の形だろう、どうやら什器や建築の名称で、脚の構造物で意匠は台座と「持ち送り」と呼ばれる支え的構造物が起源らしい、因って下部に付けられる、ここでもその様に為っている。
 
 
1-5 金銀鍍透彫華籠  銅製鍛造 鍍金・鍍銀 径29.2~28..8 平安~鎌倉 12~13C 長浜市 神照寺
仏事法要の散華のための籠皿だ。最初は生花を竹篭に持ったと、次第に皿器は金属や紙胎漆塗りなどになってきたとある。前回は一見時に、同じものが二つに見えた、良く観ると宝相華文の花の形の違いに気付き、一様のものでない事に気付いた。そして今度は葉の数の違いや唐草の葉の鋤彫りの様子が違うのに気付いた。
キャプションに依れば、時代も違うとの事、なるほどである。良く観れば花が開き気味の平安の作には随分と修復の後が見える、 最初は鍍金の色の微妙な違いが見えてきて、その部分を注視すると25本以上もの釘付けの釘の頭が見えてきた。かように何度も似ていると気付かず見のがしていた新発見が在る。そして今回キャプションで製作時期に100年ほどの時代のズレを知った。注視の甘さを思い知った。皆さんは釘付けの釘頭に気付かれましたか?
 
 
1-6 金銅透彫華鬘 銅製鍛造 鍍金 本体縦 38.0 室町時代15C  長浜市・神照寺
仏堂の柱や長押に掛けられている軍配状の仏像の装厳具の一種である。古代インドでは貴人に対しレイ状に綴った生花を捧げた。仏に対しても然りであった。やがて仏像の周囲を飾る荘厳として、仏堂内部に飾られた、生花はもたないので、革や金属で作られるようになり、やがてこの展示の華鬘の様になった。
 
綴り糸や紐の名残で、中央には紐を結んだ意匠が残り、それを総角(あげまき)と言う。
華鬘の鬘はウイックの鬘(かつら)であり、髪を束ねる髪飾に繋がるらしい、おなじみの不動明王の七莎髻も起源的は遠くないかもしれない、髪を束ねた植物の紐と考えている。
 
 
1-7 金銅透彫華鬘 銅製鍛造 鍍金 本体縦 38.0 鎌倉時代(1243) 近江八幡長命寺
 
これも前展示同様の金銅透彫華鬘である。仏像ですとおおよその時代は読めるがこのような仏教工芸品には歯が立たない。2百年も違うのに1-6の神照寺華鬘とその意匠の相違は分かるも蓮の花や葉、種字の様子その下の蓮華座に1-6よりも逆に新しいのではと感じたりで、時代までの推測は仏像ファンには到底に無理といえよう。
 
此処で目立つ種字については同行の兄貴分の仏友に、読み方を[ha]と教えてもらったが、図録解説には「カ」と在り???
帰って自分でも調べ手見たら、[ha]でも「カ」でも間違いないようです。種字の発音には、転写音と慣用音とがあり、[ha]は転写音で、「カ」は慣用音と解った。そういえば思い出した阿弥陀の種字の読み方を「リーク」と覚えていたら、彼に[hriH]フリーヒも在ると教えられた。今回此処でその意味が解ったようです。
 
次に[ha]は何尊の種字と聞いたら、色々在るので一概に言えないと手硬い返事。しょうが無いので自分で調べた範囲では、安直には種字の「カ」は地蔵菩薩の種字らしい、彼は素人にも解りやすい省略で教得た方が楽なのに、どうも学者、研究者の彼には正確を期すのが心情らしい、私は一般教養で意味が通じれば、それで良い方の安直方で、彼にとっては悪い生徒なのかもです。
 
そんなで簡単な話題に誘導して、その種字が曲がっているらしい事に気付き、聞いたら向かって右の種字が少し右回転にずれてしまっているとの事でした。
 
そういえば東博の康円作の渡海文殊の光背にある梵字の五髻文殊真言を読んでもらった時も「ア・ラ・ハ・シャ・ノウ」の配置が狂っているのを彼が気が付き、それを教えてもらった。何れの時かの修理時に取り違いを犯したようです。 今月のある時に東博講堂で、浅見東洋室長の講演を受講、その後で、その件を質問したなら、明確に種字取り違いの事は認識無いとの事で、東博には梵字を読む学芸員が居なさそうだった。
 
 
【次回の③に続く】

★再度11月16日に同展を再観覧予定です。ご一緒しませんか?仏像趣味の私の兄貴分も同行予定です。