孤思庵の仏像ブログ

少し深くの 仏像愛好のブログ続けてます、オフ会に集ってます、貴方も如何?

Takさんからのメール「三井記念美術館に行ってきました」

 Takさんから9月2日に三井記念美術館に行ってきましたとのメールがありました。


(以下Takさんからのメールです)

(前文省略)
集いの会のメンバーでも、既に出かけた方もいらっしゃると思いますが、自分も、今日(92日)、「三井記念美術館」に、急に思い立って、行って来ました。
 
もともと、そんなに混むような展覧会ではないと思っていましたが、雨の日の方が、よけいに空いていると思い、自宅を出ました。出たときは、未明まで降り続いていた小雨が、まだ降っていました。最寄り駅から東急田園都市線、メトロ半蔵門線で、乗り換えなしで「三越前駅」まで、30分ちょっとの乗車時間です。途中には「神保町駅」もあり、以前は、しばしば古書店街や岩波ホールなどに、出掛けていました。
 ⒑分程度のことなので、傘もささずに、最寄り駅まで行き、あとは屋外に出ることなく、美術館までたどり着きますので、気が楽でした。外は今頃、雨模様かな、なんて考えて、美術館に着きましたが、エレベータに乗る前に、コーヒーショップ越しに外の通りが見え、傘をさす通行人も見られず、むしろ日差しが強い様子でした。今日は、晴れたのです。
 
館長の清水眞澄氏の監修での展覧会ですので、どのような雰囲気で会場創りがされているか、あの建物、フロアの構造上、細々と仕切って、クネクネと曲がりくねった展示室の見学順路になるのか(過去の展覧会の記憶からそう思った)、いろいろ考えながら、のんびりと出かけて来ました。
 
7階の受付で伺ったら、今年は、三井文庫開設50周年、三井記念美術館開館10周年のメモリアルイヤーということでした(私たちには、あまり関係がないかも)。
 山伏に代表される山岳修験道は、日本独自の宗教です。根本聖地の吉野の山野に残されて来た、多くの宗教法具や美術品などが集まりました。また蔵王権現信仰と密接な関係にある、鳥取三徳山三佛寺の仏像ほかの紹介もあり、日頃あまり眼にしないものが、観られることとなりました。
 エレベータを降り、右手に進んで入口まで、他に入場客を見かけなかったことから、会場内はゆっくり拝観出来ると確信を持ちました。そして、案の定、他のお客様にぶつかることなく、ガラスケースを独り占め状態でした。
 
 「7世紀後半に、役行者が吉野の山中奥深く、金峰山で修行し、魔物を降伏させる仏を祈願したところ、釈迦如来千手観音菩薩弥勒菩薩が現れたが、慈悲の仏では悪世の人々を教導するのにふさわしくないので、再度願うと、忿怒の相をした青黑い金剛蔵王すなわち蔵王権現が湧出したので、役行者は守護仏として祀ったとされている(つまり、三仏の徳を兼ね備えている?)。権現とは、仏が人々を救済するために神の姿になって現れるという、いわゆる「本地垂迹」による称号である。また、金峰山の修験信仰が盛期を迎えるのは、鎌倉時代初期になる。」(清水眞澄館長の文より)
 
 館内の少し奥、展示室4.の内に、「源慶作 蔵王権現立像」が展示してあり、他の尊像と並んでいるため、正面からのみで、側面、後面には廻れないため、限られた鑑賞となります。以前、如意輪寺で「特別公開」で鑑賞した記憶が、かなり暗めの堂内という感じだったので、さすが美術館、かなり鑑賞しやすい感じでした。
 
 墨書銘のある春日厨子に納められている像だそうですが、残念ながら今回は、厨子が出展されていません。ものの資料によると、厨子内壁と各扉内には、山岳風景をバックに、吉野七社の祭神像を描き、彫像の蔵王権現立像と一緒になって、立体的な「吉野曼荼羅」を構成している、ということです。
 
 像の構造は、頭部は耳後ろを通る線で前後に、割り矧ぎ内刳りになっていて、胴体は背面より内刳りになっているそうです。1メートル足らずの像高でも大きく感じられます。
 
 髪を逆立て(金箔がきれい)、青黑い顔に、歯牙をむき出しにして(牙は小型で口唇の両脇から上方に向かっている)、開口(赤い口腔内に赤い舌がはっきり見える)する忿怒相で、頭上正面の三股冠は精緻な金属を叩いて造られており、三目ともにきれいな玉眼が嵌め込まれていました。
 
三鈷杵(持ち物が折れているのか、手指との間でナイロン紐で固定している)を持った右手を力強く振り上げ、左手は腰の脇で剣印を結び(きれいな指の造り)、親指の指先が反り返り、力が漲っている頑丈そうな右脚を高く跳ね上げ、左脚も強く岩座を踏みしめている姿をしています。天地の悪魔を鎮めんとする姿は、あたりを圧する感じです。ちょっと歌舞伎の「見栄」を切っている姿に似ていると感じました。
うまくバランスがとれているな、という感じです。
 
 黒い体躯とは対照的に、背後の火焔光背が赤く(かなり剥落して素地が出ている感じ)、それでもクネクネと、変化に富んだ炎を感じさせる、薄く曲がった長い炎を表しています(欠落があまり分かりませんでしたが、薄い板材で心配なくらいです)。背面はよく分かりませんが、光背は、板状の根本のところが、岩座に刺し込まれた感じで、像との間には、何も支えなどは見当たりません。
 
広げた脚部の正面には、三角形の大きな獣皮(虎の縞模様が分かる)が腰から下がり(後で聞いたら虎皮裙というそうです)を下げ、今にも飛びかかって来そうな体勢です。また像の両脚に掛かる裳や裙には、はっきりと赤色を強調した彩色文様と、卍を崩したような文様の細かい截金文様が見られます。また、条帛にも格子状や波打った線で表現された截金文様が施され、技の細かいところが見られます。
 
天衣も大きく頭の後ろまで廻し、両肩から両腕に掛かっているが、左右とも腰部辺りで欠損している模様です。
周囲の展示仏と比べるまでも無く、全体に、バランスの取れた体躯、躍動感あふれる姿態、緊張感あふれる雰囲気に、群を抜く出来だと感じました。
 
 左足枘の朱漆銘が、X線透過撮影で解読され、嘉禄二年(1226年)九月に、「筑後検校源慶」によって制作されたことが判明したそうです。源慶は、運慶一門の仏師として、運慶願経や興福寺北円堂弥勒仏坐像の墨書銘にも名前が出てきます。しかし、個人の制作例が見つからず、仏師源慶の作例は、この如意輪寺・蔵王権現立像が、唯一の作と言われています。
 
 ほかにも、金峯山寺関係の役行者像など、いくつも見るべき出展仏などがありました。これまで吉野・金峯山寺には2度ほど出かけていますが、あまり修験信仰などについて、深く考えないでいた感じがします。また、三佛寺蔵王権現像などの文化財については、初めての鑑賞体験でしたので、記憶に留めておきたい、と思います。改めて、集いの会ででも、皆さんと話しが出来れば、よいと思います。
 
 残念なのは、当美術館のショップでは、一般にショップにある出展作品に関した商品や関連グッズなどが少なく、お目当ての「源慶作・蔵王権現立像」の写真も置いてなく、店員に尋ねたら、「今回は、展示関連の写真やグッズはほとんど置いていない、写真も店頭に出る予定はない」と、三佛寺投入堂のミニチュア・プラモデルを組み立てながら、教えてくれました。また、「図録」を購入して、ショップを出てエレベータを待つ際に、袋から図録を出してみたら、表紙の上に、「見本」の張り紙が貼ってありました。引き返して店員に、正規の図録と交換してもらいましたが、店員のやる気の無さに、がっかりでした。
 3時間かけた展覧会の最後に、ちょっと面はゆい気持ちになりました。
 
 
なお、同展覧会の関係講座では、
   1010日(土)14001530 三井記念美術館 土曜講座「蔵王権現像をめぐって」 講師・海老澤るりは学芸員に申込済です。(No6
 *午前中は、五反田アカデミアです。
 
関連テーマによる行事では、気楽に参加出来る以下のイベントです。(すべてWEB申込済です)
   919日(土)17001800 奈良まほろば館 「吉野大峯は何故世界遺産たり得るか」 金峰山寺奥駈奉行 田中岳良師
   928日(月)14001530 奈良まほろば館 「金峰山寺のことすべて教えます・第4回・役行者さまのお話し」 金峯山寺・勝光院住職 山本雄貴師
   930日(水)14001530 奈良まほろば館 「金峰山寺のことすべて教えます・第6回・修験道とはどんな宗教なのか」 金峯山寺・執行長 五條永教師
 
以上、予定は未定にして決定にあらず!

 
(以上Takさんからのメールでした。)