③東博 インドの仏展 の参考に
「仏像愛好の集」ではグループ鑑賞会を4月18日 13:00 (藝大保存彫刻研究室の 研究報告発表展のグループ見学の後) 表慶館 同展入り口の付近に集合下さい。
【第2章 釈迦の生涯】
インドで最初に仏像が作られたのは、ガンダーラと北インドのマトゥラーで、紀元後1世紀頃のことと考えられています。この時代に北インドから中央アジアを支配したのはクシャーン朝で、仏教美術も大いに隆盛しました。
特にガンダーラでは、釈迦の生涯をたどる仏伝説話の美術が発達しました。釈迦の偉大さを示すために、説話には超自然的な出来事も数多く含まれています。ここでは、時代を超えて愛好された仏伝美術の作品の数々を紹介します。(東博 同展解説より)
特にガンダーラでは、釈迦の生涯をたどる仏伝説話の美術が発達しました。釈迦の偉大さを示すために、説話には超自然的な出来事も数多く含まれています。ここでは、時代を超えて愛好された仏伝美術の作品の数々を紹介します。(東博 同展解説より)
釈迦の生涯
以下、No. 作品名称 出土・流派 時代・世紀 の順
横たわる摩耶夫人の上の丸に象が居る
母の摩耶夫人は懐妊にあたって、白い象が、右脇から胎内に入る夢を見たという。
何故に象なのか? 最強の動物・長寿の動物=動物の王
何故に象なのか? 最強の動物・長寿の動物=動物の王
7 仏伝「誕生」 インド・ビハール州、ナーランダー パーラ朝・10世紀頃
釈尊は摩耶夫人の脇から生まれた!これは釈尊がクシャトリアの出身であることを暗示していると思われます。バラモン教の『マヌ法典』や『リグ・ヴェーダ』によれば、梵天(ブラフマー、バラモン教の神)の口からブラーフマナが、上半身からクシャトリアが、下半身からヴァイシャが、足からシュードラがそれぞれ生まれたとされています。また、なぜ右かというと、インドの習俗によると、右は清らかで、左は汚れているからです。
仙人は占い この方は如来に成られる、自分は老い先が無いのでその説法を受けられないのが残念と嘆く
ダールタ太子が出家をするためにカピラヴァストゥの城を出ていく場面、愛馬カンタカ蹄の蹄の音で周りに気づかれないためにヤクシャ神が蹄をもち太子には傘が差しかけられ、太子の周りでは神々(梵釈に執金剛が居るようです)が太子の出家を讃嘆しています。
仏伝「出家踰城(しゅっけゆじょう)」
|
14仏伝「従三十三天降下」インド・ビハール州、クルキハールパーラ朝・10世紀頃
15 仏伝「酔象調伏」 インド・ビハール州 パーラ朝・10世紀頃
16 仏伝「涅槃」 パキスタン、ユスフザイ クシャーン朝・2世紀頃
「⑤東博 インドの仏展 の参考」に続く