孤思庵の仏像ブログ

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鍮石仏(黄銅仏像)の歴史 続編

前の日記「鍮石仏(黄銅仏像)の歴史」が解り辛いと、良く読んでくれる知己の言葉に勉強しながら再度書かせてもらうと・・・ 

前の日記は 鉛(融点327 ℃)と錫(融点232 ℃)を溶け合わせるとより(融点184℃までの)非常に融点温度の低い 半田と呼ばれる合金ができますが、銅の融点が1084.4 ℃であるのに対し、亜鉛の沸点が907℃であることから、銅が解ける前に亜鉛が気化するので、そう簡単に溶け合わせれれない、銅と亜鉛の合金黄銅は簡単には作れないという話でした。

で、前の日記「鍮石仏(黄銅仏像)の歴史」の本文でも、そう間違いではないようですが・・・黄銅が合金として生産しづらいと述べましたが、それは上述のごとくで、あくまでも亜鉛が厄介な金属ということに機縁しているようです。

亜鉛の ある解説では亜鉛は卑金属と在りまして、安定性が低い、つまり金属単体として存在しにくく、すぐに酸化物に成ってしまうという事で、空気中で熱したりすると容易に酸化される金属を指すそうです。でありますから、化学や設備の無い昔は単体亜鉛は得られにくい金属でした。

という事で、そう簡単に亜鉛は通常には存在しないのですが、もしあれば湿った空気中では錆びやすく、青色を帯びた銀色の金属であるが、湿った空気中では非常に錆び易く、灰白色の塩基性炭酸亜鉛で覆われる。また空気中で加熱すると酸化亜鉛となるので、亜鉛を得ようと鉱石を製錬する事も、また不純物の多い金属から純度の高い金属を 取り出す精錬も難しかったのです。

鉱石としてはウルツ鉱、菱亜鉛鉱などの中に存在する。とあり、ウルツ鉱??で調べますと、ウルツ鉱の用語解説 - 亜鉛の硫化鉱物(理想化学組成ZnS)。 亜鉛の原料として重要なセン亜鉛鉱(等軸晶系)とは組成は同様であるが,結晶構造が 異なる。(以下省略)で、また??

亜鉛の鉱石からの取り出し方製錬を調べますと、
亜鉛の沸点が同族のカドミウム、水銀と同様に低いため、酸化亜鉛を木炭などで還元して金属を得ようとしても昇華してしまい煙突の先端で空気中の酸素と反応し酸化物に戻る。この場合、鉱石を還元して生成した蒸気を空気を遮断して冷却しなければ単体は得られない。とあり、  砂鉄や鉄鉱石から鉄をとる還元法が使えないようです。(還元法:酸化鉄よりも酸素と結びつきやすい炭素と熱し、その酸素を酸化鉄より炭素に移す精錬法と思います。酸化鉄は酸素を取られ鉄になり、木炭などの炭素は酸素と加工して、炭酸ガスになる で大体良いでしょっかと・・・))


つまり鉄などと違い、亜鉛自体が低い温度で蒸発しやすいためと、気体の亜鉛はすぐに酸化しやすいために、作りにくい金属のようです。


酸化した亜鉛はそう簡単に還元できないということも重なって亜鉛の生産はなかなか難しいことなのです。そして合金の黄銅の生産も なかなか難しいことなのです。



最近は文化系人間ですが、児童・生徒の時には理科は大好きでした。


前の日記では 黄銅と真鍮 言葉は違うが同じもの とかたずけてましたが・・・

理科的解説文には・・・銅を基に亜鉛を加えた(Cu-Zn系)合金を総じて黄銅・真鍮と呼びます. JISでは「黄銅」とされていて、「真鍮」は慣用名です。とありました。

これなら黄銅と真鍮は同じで 大過ないのですが・・・ 


理科は終わりにして、歴史考察では、黄銅は古来からの呼び名で、真鍮は江戸中期以降の呼び名かもしれない、 刀装具に知識で金色絵といいうものがあります。鉄地鍔に金色の細工があって、金貨と思って聞けば、金ではないが、銀よりもで、とても貴重な金属だったと教えられたことがあります。これが先述の生産の難しかった頃の黄銅なのでは無いでしょうか? そんな貴重な黄銅でしたが、江戸中期以降に安価な製造法ができて、刀装に安く大量に使われるように成ったと聞きました。 それが真鍮と呼ばれるように成ったのではと思います。

まだ仮説でそれが定説と聞いたわけではないのですが・・・?


黄銅はかつてはとても貴重な金属でしたので、 、金や銀の仏像に次いでの貴金属としての扱いを受けたのではと想像したりもします。で、黄銅で作った、仏像があっても然りと思ってます。黄銅の金色も放置の5円硬貨の様に燻ってきますが、その上に鍍金は出来ますし…。

ところが黄銅製の仏像はあまり見ませんで???です。皆さん古代の黄銅製の仏像ってご存知ですか? あまり知られていないですよね!

しかし今回の勉強で如何に黄銅を造るのがかなり難しくて、きっと銀よりも高価な時があったかと思いました。さすれば黄銅の仏像がやたらに存在しない理由として合点が行きます。 まだはっきりしませんので、勉強しなければなりません。また折が在れば 村田靖子氏の著書「小金銅仏の魅力―中国・韓半島・日本」辺りを読で調べてみたいです。

現段階では古来より鍮石仏と呼ばれた黄銅仏像が稀に存在したと言うところまででした。

難しいとコメント頂いた仏像仲間さん、何か余計に解らない話に成ってしまいましたね…  m(__)m
たまには毛色の違った日記も如何でしょうか?

【追伸】 添付画像用にと、黄銅仏像と画像検索してみましたら、斯様が出ました。
 
 
 この類 仏像のオークションにいっぱい出ます。近代・現代は真鍮が安価に出来る時代と成って居るからでしょう…
 

【追伸,2】
 前述に 誤謬が在るかもしれません、金銅仏は銅製の仏像で、青銅としてしまった事に間違いが在ったかもしれません! 確かに、融解しやすいように錫などを混ぜる事が多い様ですが、それでもそれは銅の範疇、銅像であるのです、本来は鍍金がされ金銅仏、それで良いのでしょう、唐金のに中国から製法が伝わったことからいう 青銅の事と在ったり、ブロンズ像のイメージで青銅にこだわってしまったからかもしれません。

鋳造仏像は金銅仏と呼ぶ銅仏像と鉄仏の大別でよく、銀製や金の仏像も極稀にあるで、良いのでしょう…。