孤思庵の仏像ブログ

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【7/5改】 東博の 特別展「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」を見て

◆【急告】 既に一度 東博の 特別展「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」を見て いるのですが、昨日 同特別展の招待券を1枚だけ 思わぬ入手をしました。 チャンスと、も一度観たく思ってます。
独りは寂しいので、これから 同特別展を見に行く 方はご一緒させて 頂けませんか? 
宜しい方は、行かれます日程をご一報願います。



 
東博の 特別展「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」を見て来ました。 

中宮寺の半跏思唯像の方が人気で人だかりが多かったです。 それでも平日の鑑賞でしたので。展示作品が2躯だけにも拘わらず 思ったほどの混雑では無く 鑑賞できました。
 
たった2躯のみの展示、その方がインパクトが在ると同感します。 作品の前の混雑を考えると、もう少し 他のものも展示して 観衆の分散を図るも良いと思いました。 

パネル展示に「同館の法隆寺宝物館に半跏思惟像が展示されて居ます」との勧誘パネルは在りましたが、行ってみますと、法隆寺宝物館は相変わらず、空いて居ます。 いっそ東洋館5F10室の「半跏思惟像」と共に 法隆寺宝物館の半跏思惟像10躯を周辺に展示し、観客の分散を計るのもの良かったのではないでしょうか?共同企画開催でしたので 韓国側の思惑が在るので それは難しかったかもですね。今度は広隆寺弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)と韓国 国宝八十三号金銅弥勒菩薩半跏像を並べてみたいものですね!


http://www.tnm.jp/uploads/r_collection/L_257.jpg東洋館5F10室の菩薩半跏思惟像

銅造鍍金 総高16.3  三国時代  7世紀   TC669  小倉コレクション保存会寄贈
2016/05/24から2017/05/07まで東洋館 10室で展示

菩薩半跏思惟像は,釈迦成道前の思惟像,あるいは,弥勒菩薩像として信仰された。朝鮮半島では,6世紀から7世紀にかけて半跏思惟像の信仰が盛んであったらしく,この時期の造像例がきわめて多い。本像は,台座を含めて一鋳で,小ぶりながら均整のとれた造形となっている。公州出土との伝承をもつが,意匠には新羅の要素もみられ,制作地については今なお明らかでない。

韓国 国宝半跏思惟像に比べ、総高16.3と本当に小さい像ですが 宝冠を始め耳が表されて居ない所も、今回の主役の 韓国 国宝七十八号金銅弥勒菩薩半跏像(以下では韓国国宝像と称します) に似ていると思いました。

http://www.bell.jp/pancho/k_diary-18/images/0524-07.jpg  韓国 国宝七十八号金銅弥勒菩薩半跏像
 


今展の主役の両半跏思惟像を見比べますに 韓国での展覧会は違うでしょうが、我が国での展覧会に於いては・・・、お刺身のつま的と迄は言いませんが、人気の点では 中宮寺像に軍配の様です。 

とはいうものの、韓国 国宝七十八号金銅弥勒菩薩半跏像 もなかなか 美しい像でした。切れ長の目は、止利様の杏仁形に通じる様な輪郭がはっきりしています。又、唐時代の石造菩薩像にも通じて居る様にも感じますが、その辺は詳しくないので論じますまい。アルカイックスマイル的な微笑みも中宮寺像よりはっきり笑っています。

上述の様に、韓国 国宝像は、微笑みの顔をハッキリとしています。一方の中宮寺像の眼は輪郭を作らず、上瞼の下をななめに削るだけのおぼろな眼差しです、口元も韓国像はハッキリと微笑んでいるのに対し、中宮寺像は口角があがるものの、はっきり微笑んでは居ません、その表現はおぼろげ的で、観る角度、又、観る者の心の持ちようで、憂いを含むようにも見えるなど 限定していない、確定しないで、含みを持たせるは日本的ではないでしょうか?! 

一方プロポーションと姿勢を見ますと、韓国像はまずシャープです。衣襞は共に具象では無くデザイン的ですがその方向性は相違です。  姿勢に目を転じますと、韓国像は正面から見ますと右手の頬に指を当てる
右手の方は少し下がり、体も少し傾いでいます。この方が自然です。 方や中宮寺像は柔らかい曲線構成ですのに、姿勢は凛としています。正面から見ますと その姿勢の輪郭は縦長の二等辺三角形で、上昇の形です。これは法隆寺金堂 の釈迦三尊に通じます。 その光背裏の銘文の如くに 尺寸皇身の像でして、 また中宮寺像も、聖徳太子の寸法とおもわれます。

斯様に法隆寺並びに周辺寺院は聖徳太子への思慕・信仰の寺です。 ちなみに中宮寺聖徳太子の母君 穴穂部間人皇女の菩提の為に創建の寺で、その天皇の夫人位の呼称が中宮であったとか、本来「中宮」という言葉の意味は「皇后の住居」である為とか、飛鳥時代には斑鳩に鵤宮、岡本宮、葦垣宮があり 、寺の旧地がその中にあったため中宮寺の名がついとか、中宮寺の寺号の由来には諸説あるそうです。

何れにしましてもこの地の信仰は、太子への信仰・思慕のそれでして、この半跏主意像も太子信仰の像と見てられます。 其れゆえに白鳳期の作でありながら 聖徳太子への思いで飛鳥の擬古的表現が入るのです。  


クリックすると新しいウィンドウで開きます 中宮寺 半跏思惟像

中宮寺半跏思惟像の飛鳥的と特徴白鳳的特徴を考えてみました。

(飛鳥的 特徴)
 ・木彫像」 ・シンメトリー縦長二等辺三角の正面観 ・垂髪の先が蕨手状 ・首に三道が無い ・扁平な耳 ・裳懸け座 ・品字型衣皺

(白鳳的 特徴)
 ・正面鑑賞性からの脱却・ 丸みを帯びる肢体体躯に抑揚自然形 ・杏仁形でない眼(瞑想するような半眼)古拙の微笑から脱却傾向 ・裳懸座が左右対称性が崩れ自然な表現


此の中宮寺像は飛鳥的特徴があるので、 古くは 作成年代は飛鳥時代と見られてました。上述のごとくの飛鳥の特徴がいくつも見られるからです。 しかし同像には洗練された白鳳様が感じられます。 其の為、飛鳥から白鳳への過渡期と見た学者もあった様です。

白鳳仏にしても この像は洗練されて居て、過渡期では無く 白鳳の末と見る向きが最近で定説になって居る様です。 

そして先にも述べましたが飛鳥様の擬古は太子への思慕や信仰によるものと考えられてきました。

白鳳の完成期 の完成時期だけでなく、この像は 本当に傑作と思えます。寄木の先駆けともみえる木寄せ、今回は左脇から見まして膝下の階段上の接きめがはっきりと分かりました。

会場でのキャプションには、身体部分に金、衣裳には色彩が残るとありましたので、探して見ましたが、らしきものが在るような気もする程度ではっきりとは確認できませんでした。というか、見つかりませんでした、(聞くところでは足裏に金が残るとの事でした。) 
その説明に、図か写真に矢印でもつけての説明が欲しいです。古いものですので、当初の金や彩色で、後代の加飾が残って居るもので無いと判断が付いているのでしょうか?! 
その反面、釘痕は各所にはっきりと確認しやすかったです。 装飾の想像と前述の金・彩色とを合わせて、造像当初は煌びやかな像であったと想像されます。 しかし現在の漆黒の像様も素的です。知らなくば、漆箔像の箔欠損か さらには、薬師寺の薬師三尊の様な金銅仏の鍍金消失かと思う人もあるのではないでしょうか?私としてはとても好ましい像の現状です。


髪際の境目が分からないとか、双髻とかは知って居ましたが、後ろに廻り地髪の後部と言いますか、垂髪の上と言いましょうか、それが昔の女子の三つ編みおさげの様に後頭部で二つに分けた髪は新知となりました。また左足を踏み載せる小蓮華座は 後補というより改悪でして、その茎の不細工には閉口です。 本来的に此の像の半跏には意味付けが有り、踏み載せる用小蓮華座は無用の長物なのです。 弥勒菩薩の思惟続ける場所は 兜率天でして それは須弥山の はるか上空に位置するとされてます。 それは、上空で半跏思惟している事と成ります。ですので、造像時には足は地面に付かないが良いのだろうと考えた様です。 その為に、楊座は長く高く作られたのだと思います。 今回の両 半跏思惟像の楊座の高さを比べてみますに、韓国像は低く 垂下の右足は地に付いている様です、一方中宮寺像の楊座は長く高く作られていて 柄の長い小踏蓮華座が無くば、宙ぶらりんなのですが、須弥山上空の兜率天の表現としては、其れで良いのです。それを理解しない後世に、おみ足が疲れるだろうと思いやって、無用の長物の小踏蓮華座を付加してしまった様です。小踏蓮華座を良く見てください 茎の部分など、この像の完成度に不似合の不細工なものです。

この事を物語るきっかけでした、同館の法隆寺宝物館を訪られ、半跏思惟像の楊座を見て須弥山が鏨で線彫されて居るのを探してください! 10躯の半跏思惟像中 2躯にはハッキリ見えます。それを知らずでか、法隆寺宝物館に寄らないのはもったいないです。

そんな事を知ってましたので、特別展会場では、中宮寺像の裳掛の下の楊座下部に須弥山は無いかと探しましたが、(あれば有名になってるはず・・・、)須弥山は在りませんでした。 

韓国像で発見が在りました。耳が現されて居ないのです。冠帯の下にあるのでしょうが、全然その下に存在感が無しです。また名称がよくは分からないのですが、綬帯というのでしょうか腰の両脇に垂らす帯状を付けています。その左右が模様が全く違うのでした。
斯様に仲間で詳細な観察をしましたので私達は3時間以上も会場にに滞在しました。 
斯様に しつこい仏像鑑賞仲間です。宜しかったら 私達の鑑賞勉強会に ご一緒頂けませんか? 


次回は弥勒菩薩図像学的勉強を書かせて頂きましょうか! 長文にお付き合い頂きありがとう存じました。